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溺愛パンデミック

奇跡が消えないように 僕等が生きた証を ここに記そう

私が出逢えた「MORSE」という舞台

今まで生で見た舞台と言えば、宝塚歌劇団と執事歌劇団どちらもある意味特殊且つミュージカルで、ストレートプレイの「普通」の演劇を見るのは恐らく人生で初めて。小瀧くんがいっぱいの初めてと同時に私も色んな初めてがあった舞台。こんな貴重な経験が出来たことを、とても嬉しく思っています。
今回、3階下手・1階上手・2階上手・1階中央・大阪2階上手と様々な角度でこの舞台を観劇できました。ちょうど1週間ごとぐらいの感覚で観に行けたので、日々進化していく作品がとても楽しくそして感動的でした。
語彙力も無ければ経験もなく大した感想を書くことはできませんが、自分なりに忘れないように少し綴ります。

因みに、私は原作は一切見ていません。
公演は全て終わっているので大丈夫かとは思いますが、以下の内容はネタバレも含みますのでご承知ください。



人生初めての普通の舞台、そして一人観劇。久しぶりにこんなにドキドキするな…なんて思いがら東京グローブ座の劇場内に足を踏み入れた瞬間、聞こえた風の音と梟の声。着席した段階からMORSEが始まっていると感じました。舞台は私が生まれ育った土地とは比べ物にもならない気候の、冬の北欧の町。さほど大きく変わることない舞台装置の中で、ゆっくりと時間が動き始めました。

舞台の上には、小瀧望ではなくオスカーが居ました。12歳のいじめられっこの男の子。変わりたくて変われなくて抗いたくて抗えなくて愛に飢えている少年。けれどふとした瞬間、例えば前髪をはらう仕草だったり走り方だったり鼻をすする所だったり些細なことが小瀧くんでハッとするんです。あれ、小瀧くん?って。けれどそれは本当に一瞬で、瞬きをしている間にオスカーに戻っているんですよね。役者さんってすごいなって思いました。他の演者さんの事はよく知らないから気付けないけれど、きっと皆さまそうなんでしょう。

劇中で、いくつもの印象的な台詞と動きがありました。
考察というか予想というか想像というか戯言なので、適当に箇条書きします。

・エリ(水上杏香さん)について
流行りに疎いもので、この舞台で名前を聞くまで存じ上げませんでしたが、記者会見時の印象と舞台での印象が違い過ぎて何度舞台を見ても驚きました。まず身体能力の高さ。パンフレットか何かでバレエをやっていたと仰っていた通り、ジャングルジムをすり抜ける時や首を絞められた後に起き上がる動作の柔らかさが素敵。何度だって言うんですけど、オスカーと最初に出会った時の最後、背面から飛び降りる動作。上から観ていると爪先まで弧を描いて美しくてそこに感動してました。それから、オスカーと話すときとホーカンと話すときの声の違いや怒った時の声。特に、オスカーの血を舐めて絶叫するシーンが大好きです。生きている事、本能的に生き物がそこに存在している事を感じ取れるから。あと単純に美しい。好き。笑

・「入っていいよ」
ヴァンパイア、好きなのである程度知ってはいたんですけどそういえばこの設定だけは何故かすっかり忘れていました。ホーカンが病室で呻きながら手を伸ばすシーン、手招きしていたのは、おそらく「入っていいよ」という事なのでしょうね。ヴァンパイア(吸血鬼)の設定がありすぎて、恐らく最初の頃よりどんどん追加されていて何が平気なのか何がだめなのか近年ではよくわかっていないところですが、この設定は個人的に「孤独」を意味していると思います。限りなく人に近いのに人ではない。彼らの生きるところはここであるはずなのに除外される。この作品の中でも、エリの孤独を感じました。

・「バイバイ
おそらく友達とのみ交わされるという意味でのこの対話。最初はエリ、そして最後にミッケ。ミッケは結局残念ながらあっち側の人間として終わってしまったけれど、とてもギリギリな所にいたと思うから、残念だなぁという気持ちです(適当)。

・「許して」
ホーカンのエリに対しての「許してくれ」。役に立てず終わったことなのか、先に死んでしまってひとりにしてしまう事なのか。多分前者ですよね。エリのオスカーに対しての「許して」はきっと巻き込んでしまった事と恋をしてしまった事。連れていってあげられない事(結局連れてったけど)。正しい世界で生きろという、大人が子供に諭すような言葉は、ある種オスカーには残酷だったかもしれない。

・絶対笑っちゃう「うぇーい」
その日の観客の雰囲気なのか、笑ったり笑わなかったりマチマチのシーンが多いんですが、ヨンニの低速で「風を感じるぜー」と、オスカーに押し戻されて「うぇーい」は絶対笑いを取ってましたね。滑れないけど滑らないヨンニ。

・お菓子屋のおじちゃん
要所要所で出てくる彼との最後にシーン。3回目の双眼鏡で気づいた(安定)のですが、泣いたオスカーが振り向くとハッとして、お菓子を渡そうとするんですけどオスカーは行ってしまう…これ1週目2週目でありましたっけ?けれど、このおじさんが言い過ぎたという雰囲気が、とても私の中で救いになりました。彼はオスカーをただの客ではなく、きちんと見ていてくれたのだと。本当はあのお菓子屋だってオスカーの居場所になったはずなんです。ただ全部すれ違っただけ。

・オスカーのママ
オスカーがママに毛布を掛けて頭を撫でるシーンが唯一少し泣きそうになりました(薄情でごめんなさい)。オスカーだって、ママの事嫌いじゃない。だって親だもん。正しいことは教えてくれないしお酒ばかり飲んでるし自分の大好物は覚えてないしまともな料理は作れないし八つ当たりしてくるけれど、ママだから。聞くところによると現実の世界でも、どこの国でもそれは変わらないと言います。子供ってやっぱり結局のところ、そういうものかもしれない。だからママには、振り上げた手を殴るのではなく抱きしめる方に使ってほしかった。
公演回数が経つにつれて、高橋さんの演技がどんどんと進化していったのも印象的でした。第3週まではきちんとオスカーに帽子を被せていたし、オスカーを殴ってしまった後もただ叫んだだけでしたが、4週目から帽子を被せることが出来ずにオスカーに押し付けたり出ていくオスカーを見て崩れ落ちたりと、まるで憑依されたかのような。
だから最初は「帽子かぶって行きなさい」の件はオスカーに対する純粋な愛を感じていたのですが、そこが変わったことにで一層冷たくも感じたし、複雑な気分でした。
そうそう、4週目からオスカーのママに対する態度も冷たくなっていた。一緒に寝るシーン、棘があるというか。3週目までは「子供なりに気を使ってる言い方だなあ」と思ってたのに急に「え、オスカーめっちゃ怒ってる」とおもって。それだけなんですけど。
あと「あんたの父親」と「パパ」の言い直し。女としては彼が嫌いだけれど、母親としてハッとするんでしょうね。

・オスカーとホーカン
序盤のシーンで2人が直線上に立って見つめあうシーンを、2回目になってみると将来像のような暗示のような印象を受けました。線になって繋がっている感覚、例えるなればフランダースの犬のOP映像と同じ感じです(分かりづらい)。結局オスカーはエリと生きる事を選択しますが、行きつくところはホーカンと同じなのかもしれません。エリの200年余りの人生で、恐らくホーカンと過ごした時間は長くても50年。彼は「君は僕たちのすべてを台無しにした。」と言いました。それは彼の過去か、それとも二人の関係か。深読みするだけ出来そうなホーカンの存在は、オスカーの未来を心配させてしまうのです(完全に老婆心)。

・ホーカンとエリ
「君は僕たちのすべてを台無しにした」と言っていました。エリは「全てってなに?何もないでしょ」と返していましたが、ホーカンにとってのすべてとはエリと2人での平穏な生活だったのではないでしょうか。「あの少年の所為か?」「あの少年は、君に愛してると言ってくれるのか?」ホーカンは昔の自分にオスカーを重ねていたのか否か。それから「昔みたいに一晩中抱きしめて寝る」所ですがつまりは恋人として(エリが認識していたかは分かりませんが)生きてきたのか。ちょっと待って考えれば考えるほどわからなくなってきたぞ。
最後のホーカンの病室で「君は天使だ」と言われたエリが首を激しく振ります。実はエリ自身が自分に対しての嫌悪感を最大に持っており、「自分は天使なんかではない、人の血を吸って生きる醜い吸血鬼(まさに鬼)だ」と自責の念を抱いているのかもしれません。

・オスカーとエリ
フライヤーに「ともだちになってくれない?」と書いていたのに、劇中では「ともだちになれない」から始まり「ともだちになりたいと思ったの?」ツンデレを決め込んだオスカー。ただあのフライヤーの台詞こそがきっと彼の本音で、それを心で叫んだのがきっと一番最初。どこに引っ越してきたか、ジャングルジムで練習してるのか、きっと友達になりたくて沢山質問をしたはずで、でもきっと エリにはそれがお見通しだった。だから「友達にはなれない」と言ったのでしょう。その先の事も予見して。お菓子屋さんで「お友達?」の問いにエリが「そうです!」と答えた時、オスカーはきっとすごく嬉しかったよね。まるで無邪気な子供のように(いや、オスカーは子供だけど)はしゃぐ2人は、何度見ても微笑ましかったです。ルービックキューブだったり走り回ったりダンスしたり。プールから上がった後に頭を拭いてあげるところ、上手から見ていると目が合って微笑んで、本当に微笑ましい恋人同士がそこにはいました。エリとオスカーが一緒に寝た時、エリはオスカーを襲おうとしたけど襲えなかった。その後のオスカーの「どうでも良いよ。君の匂いがする。」(ニュアンス)の言葉に目を閉じて手を握ります。するとオスカーがびっくりする。この細かい演技、3回目で双眼鏡を使って見てやっと知りました。母親と同じ動きだとは思うんですが、オスカーの心情は少し複雑だったのかもしれません。


1回目の観劇で最後のシーンが終わり暗転をした時、私は納得がいきませんでした。どう考えてもオスカーは幸せにはなれない。じゃあ先生が諭した大人になるまで我慢していたり、エリの言うように正しい世界で生きたら幸せだったのかと問われると疑問ですが、もしあれが自分の息子や友人の選択ならば殴ってでも止めているところです。でもそれは私が第3者故の意見。
ホーカンはどうだったのでしょうか。エリと恋人だったのかただ一方的に好きで食事を提供する代わりに傍にいることが許されていたのかは定かではないのですが、「許してくれ」と言っていましたが、きっとエリに殺されたとき、ホーカンは幸せだったのではないでしょうか。
となると、結果はどうあれエリを愛しているオスカーは、一緒に生きていけるだけの人生でも幸せなのかもしれません。

「正しい」とはなんでしょうか。正しい世界。正しい事。人の正義は違います。
ママは正しいことを教えてくれないのにエリは正しい世界で生きろと言う。その葛藤の中でオスカーが選んだ道を、最後のシーンで愛おしそうに木箱を撫でる彼を私はきっとこれからも考えながら生きていくのでしょう。この舞台、「行間を読む」「感情と言葉が正反対」が多すぎます。そういうの大好きだけど。

3回目の観劇で初めて双眼鏡を使用したのですが、過去2回よりも全演者さんの熱量が高くて双眼鏡で表情や細かい動作を追うのに必死でした。それ以降の観劇でも大きなところから細かな変更部分も多々あり、舞台とは日々変化する物なんだと感じました。

あの舞台上、MORSEという世界には愛しか存在していませんでした。けれどその愛は全て歪んでいた。ママの愛もパパの愛も、ヨンニもミッケもホーカンもエリも、そしてオスカーも。初め、オスカーは単純にエリのことが好きなんだと思っていました。誰にも穢されずただ無垢な愛。けれど自らの手を切ってエリに迫るシーンで、彼もまた歪んだ愛の持ち主なことを知りました。けれど私は思います。歪んだ愛こそ何よりも純粋に相手を愛している結果なのだと。

11月13日からぴったり1ヶ月、とても素敵な舞台を観劇することが出来て幸せでした。
何度か咳をしていたり舞台装置もトラブルがあったり声も飛んだりで生きている舞台の大変な所もたくさんあったかとは思いますが、また近いうちに小瀧くんの新しい一面が見れる日が来ることを願って。
小瀧くんを始め、MORSEキャスト・スタッフのみなさまお疲れ様でした。





以下、本当にどうでもいい事。
(お気を悪くされた方が居たらごめんなさい。もしかすると原作もしくは映画を見れば解決するかもしれない疑問だったら本当に申し訳ない。)

・血糊は水溶性
三善の物だと早めに水で落とせと書いてあるのでそうなんですかねそもそも水溶性でない血糊って存在しているのか知りませんけど。エリが身体から血を流すシーンで、あのシャツ後で洗って落ちるのかな…流石に35枚も用意しないよな。というどうでもいいことを考えていました。途中とか色が映えるように白のシャツなんだもん…。
何ならエリなんて最後血まみれで木箱に入って、出てきた水上さんめっちゃ綺麗だし!あの中で落とすの!?めっちゃ大変じゃない!?
余談ですが観劇前に割と血糊が多いと聞いて心配になり、無駄にライチ☆光クラブの初演舞台の血糊を想像していたので実際見るとそうでもなかったです。なんか…すみませんでした。友人にそれを話したら「ライチが異常なだけだから!」と怒られました。…だから本当に反省してますって。

・何度見てもシュールな「死んだ刑事が歩いて捌ける」
これも本当にごめんなさい。舞台だから仕方ないのは分かっています。奈落でもない限り見えずに消えるのは不可能だとはわかっているのですが、エリに殺された刑事が暗転してすぐにスクッと立って歩いていくのを見ると何とも言えない気持ちになって思わずにやけてしまいました。その他、最初の被害者の回収はいじめっ子のお2人が、バラバラの手足は素知らぬ顔でスタッフさんが持って行くのが双眼鏡だとよく見えて、表も裏も気が抜けない世界だなと思いつつちょっとシュールで笑いました。本当にごめんなさい。

・シュールついでに
オスカーがヨンニに砂場で殴られる時の棒は吉本新喜劇でよく見るやつですね!(やけ)

・エリとオスカーの名前
モールス信号で名前を呼び合うまでお互いに自己紹介のシーンが無かったので、なんで名前を知っているのか不思議でした。原作や映画だと自己紹介のシーンがあるんでしょうか?

・「言わずもがな」
それ私普通に使うからばかにしてんじゃないわよオスカー。(理不尽)

・200年前は人間だったのか
本当の名前はエリアス(男性の名前)。少年のまま時が止まったのか性別が変わってしまったのか本当に何物でもない性別などの概念の無い生き物なのか。え、吸血鬼って無性?両性?動物なの?雌雄同体?ナマコと同じ?(デリカシーのかけらもない)
少し不幸なことがあっただけ、とエリは言っていましたが、不幸なことが起きる前に人間だったのであれば「キス以上の事」や「恋人」に関しての知識に対してもっと理解があってもいい気がします。まるで人間に接することが慣れていないかのような。やはり生まれつき人間でもなければ育ったのは人間の環境ではないのか。不思議です。

・というか200年も生きてるなら
モールス信号の存在は知っているんじゃないの…人と関わらずに生きていたから?

・結局光る卵はなんだったの?
何故お金持ちかという答えがいまいち分かってません。初めはエリやホーカンが襲った人のお金を取っている(強盗殺人の意)かと思ったのですがそうでもないのか…結局あのインペリアル・イースターエッグみたいな光る卵はなんだったのでしょうか?意味不明です。
余談ですが初めて見た時「インペリアル・イースターエッグみたいなの持ってるなあ」とおもって改めて双眼鏡で見た時「ほんとにインペリアル・イースター・エッグじゃん」っておもってインペリアル・イースターエッグにも種類があるからどこのおもちゃだこのやろーって気になったんですけど、あ、今はインペリアル・イースターエッグって言いたいだけです。
あのシーン、だるまや東京タワー(エッフェル塔かな…?)のおもちゃも棺の上に乗っていましたね。一緒にマトリョシカも置いてあった気がするんだけどやっぱりロシアだしインペリアルもロマノフ王朝の何とかだからあれはいんぺりあるいーすたーえっぐ…。
しかし、捌けるの大変そうだった(そこ)。

・あああそうだ!エリのCCP(キュンキュンポイント)
インペリアル・イースターエッグの話の時にろうそくの火をフーフーして消えるかな?ってしてるのげろ可愛かったああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…!!!!!叫

・やっぱり遠い
あの…あのですね。ジャニーズさんを好きな方はあの距離が近いと感じるのは重々承知しているのですが、V系が好きで殆ど3列目以内(って言うかスタンディングだし殆どさわれる距離)でライブを観劇していた私にとってはやっぱりグローブ座の1階でも遠いんです…。執事歌劇団最後列と、恐らくグローブ座1階後列は距離的に同じ。最近急激に視力が落ちた私の目も影響して1階後列でもあんまり表情まで見えませんでした。双眼鏡ってすごいね!別に、お話は分かるし3階からも良い眺めで楽しかったんですけど距離的には遠いです。…とりあえず裸眼なので今後はコンタクトを検討します。

・刑事さんが窓板を外すシーン
連動して上のセットも動いたらいいのになっていう戯言



何度だって言う、人の正義も物差しも考え方も違うから、ここに書いたことは私の考えでしかありません。共感してくれる方、くれない方両者いらっしゃるかと思いますが、そこは温かく優しい目で見て頂いて、「この舞台を見る事が出来て、出会えてよかった」という感情だけは、共有しましょう。

さて、そう言いつつ誰のMORSE感想も読んでいないので(というか終わってから読みたいなって思ったの)、今から検索してたくさんの方にMORSEがどう見えたのかを楽しんできます。笑

支離滅裂ではございましたが、最後までお読みいただきありがとうございました…





って思ってたんだけど

千秋楽見たら全部飛んだ!!!!!


ここまで大阪に行くまでに書いておいて、帰ってきたら加筆修正して載せればいいかなって思っていたんです。私事ですが前日もついでならせっかくだしと思ってクリパにご縁があって入らせていただいて、夜ご飯も信じられないぐらい美味しくて、「明日千秋楽か、早いな~楽しみだな~でももう5回目だしな~」みたいな安易な考えで会場に入って、いや正直このたるんだ気持ちというのは千秋楽の緊張感とか終わる寂しさとは別にあって、1幕が終わるところまで私の中に存在していました。多少変わった点には気付いていて、例えばママが帽子を被せるところでは東京公演途中から被せれなくて投げつけるようになって愛が感じられなくなったとか思ってたけどちゃんと被せて鼻に指を置いて愛が増していたし、どちらかというと「ねっとり」というようなしつこい愛に代わっていたし、オスカーちょっと悲しくなるシーンでは東京の5倍ぐらい泣いていて「あんたここでも泣くんかい!」とか思ってちょっとびっくりしていました。これが千秋楽の空気というか魔力というか初めての舞台だからよくわからないけどストーリーは知ってるはずなのになんか進化を遂げすぎてて。
で、もうその私の安易な気持ちとか今まで考えていたエリとオスカーの事とか全部全部吹っ飛んだ台詞、会場が一気に涙したあの台詞。

「明日になる前にここを出る」
「行かないでよ」
「行きたくないよ!」
「僕が守るから」

 なんだそれ。なんだ、それ。一気に打ち砕かれたというか、飛んで行ったというか、もちろんいい意味で。「行かないでよ」は私の記憶では「行ってほしくない よ」だったし、「僕が守るから」は「僕も行く」だったはずでは。「僕が守るから」この言葉がもうそれは鋭利な刃物として私の心に勢いよく刺さってきたので す。その後の、エリの台詞。

「そういう事じゃないの…」

 このオスカーの台詞が小瀧くんのアドリブなのか監督の修正なのか分かりませんが、 エリのこの返しによってなんというかもううまく説明できないんだけど、オスカーとホーカンとの差別化というか。ホーカンだって身を挺してエリを守っていたはずです。1人では生きられないエリの為に、食事も移動も全て。けれどそうじゃない。「正しい世界で生きてほしい」という願いはきっと、愛しているから巻き込みたくないんですよね。


たぶん、先に書いた考察みたいな難しい事なんて、まったくなかった。
エリとオスカーは恋をした。恋をしている。
エリはきっと200年生きてて初めて恋をしたんです。
複雑な環境の中でもまっすぐ自分を愛してくれたオスカーに。

千秋楽、絶対最後の挨拶で泣くと思ったのに。ちょっとふざけながら、けれどしっかりと挨拶をして、笑顔で。水上さんは泣いてるし「これどうやって帰るん?」で髙橋さんは後ろ向いて笑ってるし、みんなみんな素敵なファミリーでした。かっこよかったです。

もう、小瀧望くんが演じるオスカーはどこにも居ません。
けれど何度だって思い出します。
私たちの心の中で、ずっと息をして、それできっとエリと幸せになって。

こんな素敵な舞台を見れることが出来てただただ幸せです。
本当にキャスト・スタッフの皆様、お疲れ様でした。

長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。