溺愛パンデミック

奇跡が消えないように 僕等が生きた証を ここに記そう

ひとりごと

ある意味、
私は理想的なものを手に入れていて、
(大半の人も)
それが美談になっている。

それが珍しい事に今更気付けたのが、
良いのか否か。

色々な想いもあって、
それが正に十人十色というやつで、
それはその人それぞれが
感じてきた事や見てきた事の総てで。

否定も肯定も出来ない。
神のみぞ…いや、その人のみぞ知る。

過去に興味があるわけじゃなくて
特に悲しい気持ちも抱かないはずだから
単純に作品として気になった
過去の映像を手に入れて見てみたけれど
ちょっとだけ切なくなったのは
みんなが楽しそうだったからかもしれない。

でも、それは多分
辛いとかそういうことじゃなくて、

例えば、
亡くなってしまった人との思い出を
ふと思い出してしまった時とか、
無くしてしまったアクセサリーが
今あったら良かったのにとか、
そういう寂しさだったんじゃないか。

だから
忘れたいとか忘れようとか
思っちゃいけないんじゃないかと思った。

全ての人が忘れたら、
それは本当に無かったことになってしまう。
辛かった事も悲しかった事も、
全部あったから今が在るんじゃないか。
あの時違う選択をしていたら、
今は無かったかもしれないのなら、

全部覚えていて、
たまに記憶の棚から取り出して

あんな事があったけど、
思い出すとちょっとだけ寂しいけど
辛いなって思ってたけど。

って懐かしんで、
その代わり、前を向いて
今を生きるしかないんじゃないか。

忘れちゃいけない。どんな事も。
忘れる生き物だからこそ。

人間は誰1人同じ人は居ない。
だからこそ
私達と、すれ違いもたくさんあるけど。
でも
目指してる景色はきっと、同じ。

私に出来ることは、
ほんの少ししかないけど。
勝手ながら
応援させてください。



2周年おめでとうございます。