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溺愛パンデミック

奇跡が消えないように 僕等が生きた証を ここに記そう

いいから、私の担当の話を聞いてくれ

道枝駿佑 関ジュ

冬松竹の当落出ましたね。

今の所行けません、悲しい…でも絶対諦めません。復活当選とかあるかもよ!?(暗示)とりあえず、自担に会えるように日々強く生きますね、来月から…泣  今月(あと4日)は落ち込ませてください…号泣

 

そんなことより(おい)、ちょっと話したいことがあるので私の担当の話を聞いてください。

 

私の担当さんの名前は道枝駿佑と言います。

ジャニーズ事務所の入所は2014年、所謂関西ジュニアの14年組と言われています。そう、ついこの前です。年は2002年生まれの14歳。私よりひとまわりぐらい下です。私が彼を知るきっかけになったのは15年の少クラin大阪で、担当を自覚したのは今年の夏松竹です。つまり長く見積もっても1年、担当ではない時期が存在します。けれどもその期間、私は間違いなく道枝くんの事が日を追うごとに好きになってたし、テレビやステージや雑誌で観る度に、この子を応援したいと思っていたのです。

その理由のひとつで観る度にいつも思うのは、「楽しそうだなあ」という事。BSフジにて放送している、まいど!ジャーニーという関西ジュニアの番組があるのですが、14年組の子たちが特集で組まれたことがあって、それを見た時の事でした。物怖じせずに堂々とカメラをしっかりと見て踊る姿。歌の歌詞を口ずさみながら、とにかくしゃかりきに踊るのです。目を引くって、多分こういう事なのかもしれない。

それは1年経ってもいい意味で変わりませんでした。ほぼ毎週ある先に出たまいジャニのショータイムに出る時も、先輩の後ろで踊っている時も、映画のダンスシーンでも、夏の舞台の時も、歌詞を口ずさみながら一生懸命に体を大きく動かして踊っているのです。

先日まで梅田芸術劇場で公演していたジャニーズ・フューチャー・ワールド。残念ながら仕事の兼ね合いで見に行くことが叶いませんでしたが、ツイッターなどでお友達から「道枝くんがね!」「この時の道枝くんが~」と有り難く話を聞かせて貰ったり、リツイートでレポが回ってきたりしたんですけど、その中にも「道枝くん、口ずさみながら踊ってるのが印象的」とか「袖でも完璧に踊ってて可愛い」などの話が多いように見受けられました、完全に個人的な感想ですが。それを見て、私は「楽しそうに舞台に立ててるんだなあ、よかったなあ」と、とても呑気にとらえていたわけです。

本人が初めて書いた、「かんじゅ日誌」を読むまでは。

かんじゅ日誌とは、関西ジュニアの子たちが交代でブログを書くジャニーズの有料サイトのコンテンツです。まあ人数もいるし、基本的には大吾や康二が書いてるイメージがあったものですから、「遂に道枝くんも順番が!!運営様ありがとう!!ラッキー☆」ぐらいの気持ちで読み始めたのです。

その日誌の中で道枝くんは初めに自分の事を書いていました。ジャニーズに興味を持ち始めたきっかけを。

道枝くんは小さい頃から家族の影響でほぼ毎日SMAPを聴いていたそうです。初めて見に行ったSMAPのコンサートの帰りに京セラ前で子役スカウトを受けた当時2,3歳の道枝少年は(今も少年だけど)、「SMAPになる!」と答えたそうで、それを聞いたお母様は「ジャニーズに入りたいのか」と捉え、「大きくなった時に自分で入りたいかどうか決めればいい」とそのスカウトを断った。その後、彼はHey! Say! JUMPに魅了され、山田くんに憧れてこの世界へのドアを叩くのですが…。

それで小6のとき、3度目の履歴書を書いて送ったら呼ばれて本当にびっくりしました。(原文から抜粋)

…3度目?という事は道枝くんは3度、ジャニーズに履歴書を送ったという事です。これって実は結構な事だと思うのは、私だけでしょうか。

私は道枝くんを知ってから今に至るまで、道枝くんの話はそれなりに知識として覚えていたので、ご家族がジャニーズを好きな事も、山田くんに憧れていることも、それで自ら応募したことも知っていました。知っていたのに、なぜかその3つを深くつなげようとしなかったのです。「お母さんやお姉ちゃんが好きで、何となく自分も好きで、かっこいいなと思ったから応募してみたら受かった」ぐらいなのかな?と、勝手に思っていたのです。

だから、道枝くんがこの世界に飽きる、この世界を嫌いになる事が一番怖かった。楽しいだけじゃない、試練も課題も、見たくもない辛い事もあったり、優先順位がおかしくなってしまったりだとか、そういう事を踏まえて道枝くん自身が「ああ、もうステージに立ちたくないな」と思う事が、本当に怖かったのです。何故なら彼の担当だから。

勿論、もうひとりの推しである望くんにも思わないわけじゃないけれど、彼はデビューをしていて道枝くんはデビューをしていない。たったそれだけの差は、この世界のキラキラしていない部分を理由にしてステージを降りるという事のハードルの高さが全く違うのです。誤解を恐れず言えば、まだデビューしているわけじゃないから、幾分かあっさりとやめることが出来るのです (ファンからしたらたまったもんじゃないけど)。

けれど私達にはそうなってしまったら止める事は出来ません。少なくとも私自身にはその権利はないと思っています。理由は「彼の人生だから」。悲しいけれど選んだ道を自分のわがままで変えさせてはいけないと思うのです。出来るだけ望むように、出来るだけ傷つかずに生きてほしいと思うからです。

だから、夏に道枝くんに出したファンレターに「道枝くんが望む限り、ステージに立ち続けてください」という書き方をしました。裏を返せば、「もし辛い時が来たら無理はしないでね」という意味を込めて。傷つく必要なんてないんだよ、と。

それは勿論、前述した「応募してみたら受かった」ぐらいの気持ちだと思っていたからなのですが、この日誌により彼のジャニーズへの執着というか拘りが見えて、なんというか、謝りたくなったのです。彼の気持ちを汲めていなかったことに。

ジュニアであることを実感する毎日を送っていると、同日誌に書いてありました。多分今、彼の日々は戦いなのでしょう。3回も応募するような夢だったジャニーズの世界に飛び込んで学校と仕事を両立する中で、辛い事すらもきっと楽しい。それを、「辛かったらやめてもいいんだよ」なんて直接じゃなくても簡単な言葉を送ってしまった事をすごく後悔しています。きっと本人は傷ついてでも、転んでも何しても立ち上がる気でいて、その気持ちの表れが、あの歌を口ずさみながら全力で踊ったり、袖に居てステージに出てすらいないのに踊ったり、という事に繋がっているのだと思います。誰かに気づかれたいとか、ファンの人を増やしたいとかそういう事ではなくて、「ジャニーズに入れて嬉しい、楽しい」というただその一点において。

適当な気持ちで受かったんだと思ってごめんね。軽率なこと言ってごめん。もちろん本人が読んでるわけはないんだけども、謝らせてほしい。でも、適当にジャニーズやってるなんて思った事はありません。だって一生懸命歌いながら踊ってるところが好きになったんだから。そうやって頑張ってくれて、色んなレポで、「道枝くんが良かった!」って言ってもらえることが私は何よりもうれしいです。ずっと夢だったであろうジャニーズの世界で、道枝くんがこれからどんなに傷つこうとも、私もファンとして、担当を名乗ったものとして、傷付いたって立ち上がって出来る限り応援していこうと思います。(一生とは言い切れない私を許してくれw) 冬も諦めないからね!待ってろ松竹座〜〜!叫

 

ジャニーズWebで道枝くんの日誌はまだ読めるかと思いますのでよろしければ読んでみてください。かなりしっかりした文章を書くので、将来がとても楽しみです。

 

長くなりました。お読みいただきありがとうございました。