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溺愛パンデミック

奇跡が消えないように 僕等が生きた証を ここに記そう

n回目の「自担がそこに居るって当たり前じゃない」

春松竹のポスターに、自担の写真が無かった。

 

チケットが当たる気が無くて、と言うかそもそも行けるのかどうかも微妙で応募しなかった春松竹。グッズだけならお友達に頼めるかもしれないし、ああ早くポスター来ないかな、なんて呑気に考えていた日の仕事終わりに、職場の最寄駅でツイッターを開いた。絶句した。ポスターに居ない人が何人かいる、そして、道枝くんが居ない。

見慣れたはずの写真の並び位置が、数が違う事に一瞬で気づいた。みんなそうだったと思う。入所してから、というか私が道枝くんをちゃんと認識し始めた頃には何となく既に道枝高橋長尾3名の組合せが出来上がっていた気がするし、そのことに対して疑問に思うとか、違和感を感じるとか、そういう何か特別な事を思った事はなかった。

当たり前だと思ってたんだ、勝手に。

それが居なかった。メインの下に2人しかいなかった。「え?いやいやいやいや!ちょいちょい!そこの間にいつももう一人いるじゃないの~!やめてよほんと~!デザイナーおっちょこちょいかよ~~!」とか電車で1人で言い出しそうだった。ふざけてる場合じゃない、自担が居ないんですけど。

この時初めてまざまざと感じた「ああ、私ジュニア担なんだ」という気持ち。今まできっとたくさんの先輩たちが懲りる事無く(?)感じてきた想いだろうし、何となく理解はしていたはずなのにやっぱり頭で分かっていただけで実感って無かったのかもしれない。ジャニーズジュニアというものがどれだけ不安定な環境に立たされているのかという事。

上記でふざけたような言葉は実際は声にはならないし文字でも出せなくて。嘘だと言ってくれ、大丈夫だと言ってくれ。思わずそうつぶやいた私に、何人も声をかけてくれたし、大丈夫って言ってくれた。一緒に戸惑ってくれた。もうなんかそれだけでちょっと冷静になれた。友達居てよかった。

冷静になって、可能性を幾つか考えた。次年度は中学3年生なので受験にしては早すぎるけど可能性は無きにしも非ずだし、他のお仕事が入ったかもしれないし、かなり邪推だけど家庭とか本人の体調の事情とかあるかもしれない。うん、やっぱわかんない。

そっから家について、うーん、うーんってVS嵐(はまちゃんかっこよかった)が始まるまで頭を抱えて、私が出した結論は「信じる」って事だけだった。

簡単に見えて難しくない?基本人間不信だから100%信用するって絶対無理だし、もっと言うと信じて裏切られた時の方が何倍も辛い。心のどっかで疑っておいて、「ああやっぱそうなんだ」って思った方が、絶対的に傷が浅い。自己防衛的にも、信じない方が簡単だとは思うんだけど。

この場合「信じる」しか選択肢無いよね。半分は「願う」に近いのかもしれない。

あれだけジャニーズが好きでジャニーズにこだわっている彼が、毎日を自分自身と戦っているような彼が、これからも末永くジャニーズとしてステージに立つことを信じたいし、そうである事を願ってる。外的要因でそれが妨げられたりすることが無いように、祈ってもいる。もう神頼みかも。松竹座の魔物から神様に昇格。何言ってんだ私。

もちろん、辞める決断をした人も居て。名前も消えてて。これもジュニア担になって初めての経験で。担当じゃなかったけど、もうみんな家族みたいなものだと思って全員好きだったから。この上ない寂しさで、胸がいっぱいです。私どころの比じゃないよね担当さんは。きっと前向きな決断だと願いたい。一緒にステージに立った時間は嘘じゃないし、無くならない彼の歴史の1ページとして誇りに思いたい。

ツイッターにもブログにも書いてるんですけど、まあ先日、追っかけてたバンドも解散しました。もうね、これ以上、好きなものが居なくなるとか考えられない。考えたくもない。そこにあって当然だって思って生きることの何が悪いんだ。人間は忘れることのできる生き物だから、忘れちゃうんですよ、無くなった時の悲しみを。幸せだと。私は頭が悪いから、学べないのそういう事。

でも本当は、どんな時でもどのジャンルでも、ANOTHERの最後のように、笑顔で大手を振って見送らなきゃいけないのかもしれませんね。それが出来たら苦労しないぜ。

 

自担が、推しが、好きな人がそこに居るって当たり前じゃないんだなあ。

 

春松竹、誰も怪我なく大成功しますように。

以上、お読みいただきありがとうございました。